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📝漱石の日

📝漱石の日

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2026年2月21日土曜日

📝漱石の日

今日は漱石の日。
文豪・夏目漱石の生き方や逸話をご紹介します💡

漱石の日の由来

1911年(明治44年)の今日、文部省は夏目漱石氏に
文学博士の称号を贈ろうと計画しました。
しかし漱石はこう考えました。

自分に肩書きは必要ない

彼は称号付与を辞退する旨を文部省に手紙で伝えました。
その姿勢に感銘を受けた有志たちが、2月21日を記念日として制定したのです💡

📚夏目漱石とは

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夏目漱石は、著書『吾輩は猫である』で作家デビュー。
『坊っちゃん』『草枕』を執筆。
その後も朝日新聞社で文筆活動を行っていました。

1916年(大正5年)に胃潰瘍による大出血で亡くなります。
1984年〜2004年に発行された千円紙幣の肖像にも採用されていましたね。

さて、記念日にもされたこの逸話
時代背景も含めご紹介させていただきたいと思います。

どうして逸話とまで称されているのか。

ただ単に夏目漱石が優秀だっただけ、
名誉ある賞を蹴ったから。ではないんです。

というのも、漱石が生きた時代。

江戸時代末期、いわば幕末ですね。
1867年(慶応3年)2月に生まれ
その翌年には年号が変わり、時代は明治へ移ります。

そして亡くなる1916年は大正5年、
つまり彼は明治時代そのものを生きた一人でした。

🏢江戸から明治へ

明治時代は、長きにわたる江戸時代が終焉を迎え、
一気に近代化が進んだ時代。

新政府は1日でも早く中央集権制の独立国家を作り上げようと、
法権的諸制度を次々に撤廃し、
欧米の近代的な制度を導入することに全力を傾けました。

文明開化により西洋の建築や食、衣服などが大流行し、
人々の生活にも大きな変化がもたらされました。

そして日清・日露戦争という2つの戦争の勝利です。

🗾混沌とする日本

一方では反政府運動が盛んに行われ、
政府による弾圧と民権派の抵抗が多くの事件を生み出しました。

農村の疲弊や都市の労働力不足も深刻化し、
華やかで浮かれた空気が漂いながらも、悲惨な現実があったそうです。

そんな世相に漱石は持ち前の文才を駆使し、こんな言葉を残しています。

三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か、
大和魂は名前の示す如く魂である。
魂であるから常にふらふらしている

――『吾輩は猫である』より

決して権力に媚びることなかった彼は
権力が学問や文学に介入することを嫌っていました。
文学者として、反骨精神をもって文学博士号授与を辞退した心が窺えます。

当時その博士号は、卓越した業績を残した学者にのみ与えられるものでした。

「それを拒否するなんてとんでもない!」という批判もあり、
文部省とのあいだで何度も行ったり来たりのやりとりが行われましたが
漱石は、最初に文部省に送った手紙に綴った

「ただの夏目なにがしで暮らしたい希望を持っております」

という意思を貫き通したそうです。
まるで自由とは何かと問われているかのような逸話です。

激動の時代を生き抜いた漱石の姿は、自由とは何か、
私たちは何を望むのかを問いかけてくれているような。

今、望めば多くのものが安易に手に入り、満たされるこの時代。
私たちは何を選び取っていくのでしょうか。

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